金融関係の雑誌を読まない理由

最近、金融関係の雑誌を読まなくなりました。

親しくしている方のインタビュー記事や論考が掲載されている場合や、雑誌をお送りいただいた場合は別ですが、自ら手に取ることはほとんどありません。

理由は明快です。

どの雑誌も

「地域金融・イコール・トランザクションバンキング」

という前提で作られているからです。

雑誌でよく見るデータを駆使した地域金融の分析も違和感があります。それは地域金融がトランザクションバンキング(トラバン) であるという“大胆な”仮定に基づいているからです。

たしかに、ほとんどの地域金融機関はプロダクトアウトのトラバンにうつつを抜かしており、そういう人たちが読者であるからという見方もできますが (笑)。

よくある「地域金融機関はオーバーバンキング」という意見もトラバンを前提としたものです。

銀行員冬の時代というセンセーショナルな煽りもトラバンの世界の話です。

ワタシ自身もトラバンから脱することのできない地域金融機関の将来はないと思っており、トラバンを前提とした論旨には全く異論はないのですが、当たり前すぎて、それだけだったらわざわざお金を払って読むだけの価値がありません。

言うまでもありませんが、金融行政サイドの発信は、数年前から、地域金融をトランザクションバンキング(トラバン) とリレーションシップバンキング(リレバン) をしっかりと分けたものになっており、生き残りのための一つの施策として後者が謳われています。

リレバンは“計測しづらい”世界です。(増田さんがおっしゃるように)

少なくとも雑誌の論文に出てくるような金融機関の財務データ等による計数分析だけでは、その実態を把握することはできません。

ただ、リレバンに本格的に取り組み出した地域金融機関(まだまだ少数派ですが) では内部でトラバンとリレバンの採算比較を行っており、リレバンの優位性を確信しているように思います。

さらに、昨今の地域金融機関における早期退職や採用での苦戦の原因は過度なトラバンにあることは間違いなく(リレバンで実績のある地域金融機関では問題視されません)、トラバンにおける資産劣化(ヒューマンアセットの崩壊) という要素を加味すれば、トラバン/リレバンの格差は広がる一方です。

ワタシは身体に障害があり無理のできないロートルのため、もはやチャレンジは諦めているのですが、近い将来、同じ思いを持った方が、この辺りを分析してくださるものと思います。

いずれにせよ、リレバンを外した地域金融の分析はワタシには無用のものです。


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コメント

  1. 寺岡雅顕 より:

     リレバン・トラバンを一言で言えば、「戦略的に時間をかけるべきもの」が「リレバン」で、「戦略的に時間を惜しむべきもの」が「トラバン」であると考えています。

     盲目的に「効率化=生産性の向上」と発想してしまうことで、すべてを時間を惜しむ方向に引っ張ってしまいます。

     そんな組織の中にも、わずかですが、声をあげて戦っている方もいらっしゃいます。一方、レイジーな組織であっても、その状況に疑問符をつける職員は、思ったより沢山いらっしゃると感じています。

     孤独に戦っている個を核に、組織の中で、声をあげず(あげられないのかもしれませんが)孤独感や疎外感を感じている個(同士)を掘り起こす動きが必要と感じています。

     彼らが組織のなかで連携できるようになれば、組織も変わっていくのではないでしょうか。

     金融専門誌についていえば、確かにその傾向が強いものが多いですね。

     

     

  2. 橋本卓典 より:

    私も読みません。

    現地に足を運んで、現場の方からお話を直接聞くのが何よりの学びです。多胡さんも私にとっては「現場」の方で、学びの対象です。

    メディアを視聴する方の多くは、媒体の権威性に勝手に圧倒され、書いてある記事の権威性に勝手に降伏し、自分の信念としてしまいがちです。深層心理のバイアスの問題でしょう。

    しかし、メディアに携わる者として申し上げますが、実は作文力で逃げている記事が想像以上に多いということを知っておくことが肝要です。

    メディアの現場には(にも?)、「企画と締め切り」という制約が存在し、その企画は往々にして、声の大きな者によって「ある方向性」が先に決められ、計測できない世界の「空気」に支配されて、その方向性に従う記事が製造されていきます。

    トランザクションについて申し上げれば、「右から左への仕事」、「顧客から見て、誰がやっても同じ仕事」です。また、規模を拡大するほどに「効果」を捻出しなければなりません。理屈上は人員削減です。しかし、実際には人員削減は難しい訳です。

    他方、トランザクションはテクノロジーの進化に伴い、低付加価値・コストゼロに向かいますから、高すぎる銀行員の給与を確保できない自己矛盾の競争に突入することになります。

    トランザクションによる合理化と共に、付加価値を創造するリレーションを開拓せねば、健康や人生設計、退職年齢などという、これから価値を持つ「情報」を取得することすらできなくなるでしょう。

    健康・病気、資産運用と人生設計、退職年齢、納税還付などは、極めてパーソナルな問題です。「誰でもいいサービス」で多くの方が満足するとは考えにくい問題です。

    話題の免疫力強化も、個人個人の腸内環境が違う訳ですから、「超パーソナライズされたサービス」でなければ、未来から見向きもされないでしょう。金融もメディアも同じ運命です。

  3. 寺岡雅顕 より:

    私も、金融専門誌は執筆者で選びます。

  4. 多胡秀人 より:

    寺岡さんの書かれた論考はちゃんと読んでいます。

  5. 寺岡雅顕 より:

    多胡先生

     ありがとうございます。

     

     明らかに私と考え方が違うがな・・・と勝手に思う方の記事が出ているときも、拾い読みしてます(笑)。

     稀に、なるほどそういう考え方もあるかな・・・ということもあり、勉強させていただいてます。