八つ橋から、祭りずしとマスカットへ

3月15日、山陽新幹線・岡山延長の50周年を迎えました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC095HL0Z00C22A3000000/

7年半(1964~72)で新大阪から岡山まで伸びたことになります。岡山から博多までは、それからわずか3年(1972~75)、早かったですね。

岡山延長で大きなメリットを感じたのは、四国と山陰の人たちでしょう。とくに山陰の米子から出雲市までの中海宍道湖エリア。

以前は山陰の人たちにとって、東京や関西圏へのアクセスルートは、のんびりと日本海側をトロトロ走る山陰本線と福知山線。風情があるものの、長旅でした。

それが、特急「やくも」が、米子から中国山地を越え(伯備線)、倉敷から岡山に出て新幹線「ひかり」に接続することで、大幅な時間のカットが実現しました。

当時、島根県と東京を往復する機会の多かったワタシは、東京からの往路は夜行急行「出雲」でおよそ16時間。

帰路の定番は、山陰本線を京都まで走破する急行「白兎」(はくと)、京都で新幹線「ひかり」に乗り継いで東京駅までというものでした。

1968年10月の時刻表で確認すると、

急行「白兎」: 松江発7:45→京都着14:08、

新幹線「ひかり308」京都発14:38→東京着17:30、

それが岡山まで新幹線が延伸したことで、

特急「やくも1号」松江発6:50→岡山着10:10

新幹線「ひかり172号」岡山発10:27→東京着14:56

と、およそ2時間の短縮となり衝撃的でした。

岡山駅での乗り換えでは、祭りずしと、お土産のマスカット(季節ものですが)を購入したのを思い出します。

いまや山陰との往復は飛行機です。隔世の感があります。

今日のハカセの写真館からは、山陰本線・餘部鉄橋を走る京都行きの急行「白兎」です。この列車にはお世話になりました。

1984/7/26

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コメント

  1. 日本神話が好きなので「白兎」という名前につい反応してしまいました。
    調べてみると現在も「スーパーはくと」という名前が受け継がれていると知り、嬉しい気持ちになりました。