昨日のブログの続き


昨日のブログ「まじめさだけでは横並びの発想しか浮かばない」に、橋本卓典さんから貴重なコメントをいただきました。

セブンイレブンには心理的安全があったわけではなく、カリスマトップのプレッシャーによって現場が先進的対応を求められ続けていた、その発表と議論と詰めの場がフランチャイズ加盟店との2週間に1度の会議だったとのことです。

カリスマトップの牽引力とプレッシャーによる、トップダウン型の現場のイノベーションは、カリスマが去ることであっという間に弱体化します。

突然変異でもない限り、カリスマ (独裁者ではありません) が現れない組織 (地域金融機関はその典型です) では、現場における心理的安全を確保し、そこから上がってくる意見を経営が弾力的に受け入れるやり方が近道でしょう。

カリスマ主導型に比べるとスピード感はありませんが、地域金融機関のイノベーションとなるとこちらの方が現実味があると考えます。

さて、

「トップが代わり、それまで確保されていた心理的安全が崩れる」という組織は悲惨です。

残念ながら、こういうケースは地域金融機関に少なくありません。トップの交代によって、ヒューマンアセットが崩壊が進み、業績の悪化を招いています。

独りよがりで聞く耳を持たない人間がトップに就くことで、こういう悲劇が生まれます。

サクセッションプランの勘所ですね。

 

 

 

 

 


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コメント

  1. 橋本卓典 より:

    セブンの入社式は毎年の一番最初の入社式で、取材では恒例です。私も覗いたことがあります。

    「ましたぁ!」「ましたぁ!」と会場を埋め尽くす新入社員の大集団の掛け声が目に飛び込んできました。「ました」とは「ありがとうございました」「ご面倒をお掛けいたしました」の「ました」です。

    「ましたぁ」の練習が終わるといよいよ本番です。

    「よろしくお願いいたします!鈴木会長!」(ちなみに社長以下には「ご挨拶」はありません。会長だけです)と、大号令の下、グループ子会社ごとに何度も何度も競うように「ご挨拶」の練習をします。大会場を埋め尽くす新入社員が「一糸乱れぬ統一感」に到達するまで繰り返されます。マスコミに公開されています。なぜか、どこも報じませんが。

    入社式後は、新入社員の囲み取材です。会社側が指定した男女2人を取材するのですが、今どき、このような好青年、このような清楚な女性がいるのかと驚くばかりの「爽やかさ&清潔感」に言葉も出ません。

    上記の体験をして、何をどう捉えるかは個人の自由ですが、私はこうした組織が強烈な成長の数字をたたき出し、市場からも世の中からも高く評価されていた現実を鑑みるに、様々な思いが去来しました。イトーヨーカドーの伊藤家の家業において、少なくとも鈴木会長だけは「解放された個」だったのだろうと思っています。

    現状はどうか存じませんが、私が取材した当時は、オフィスは全員同一方向を向き、一番後ろが上席者が鎮座していたはずです。全員のパソコン画面が、一望の下、背後から監視できる配置となっていました。

  2. ミザール より:

    橋本様

    多分その挨拶教育はセブンだけではないと思います。

    私は40年前の学生の時に、日本のチェーンストアーの祖と言われる渥美俊一の主宰するペガサスリテーリングクラブの事務所でアルバイトをしていました。その時はまだ日本のセブンが立ち上がる前でしたが、そのクラブにヨーカ堂やダイエー他ほとんどの大手チェーンストアが参加してました。

    そこでの研修はクラブメンバーの期待される社員研修が主な事業で大変厳しい、一色に染める研修です。私もちょっとしたミスで渥美俊一(まるAと社員には呼ばせていました)の部屋に呼ばれ、「俺がいいというまでずっとおはようございますと続けろ」と30分ばかりやらされた経験があります。多分鈴木会長はその時の研修で習った通りにやったのではないかと察します。

    またその後、麹町番町のヨーカ堂本社の近くのマンション事務所でバイトした時にヨーカ堂の事務所が見えたのでしたが、学校教室スタイルでの机配置であったことを記憶しています。

    当時は流通業発展し始めた時でした。ただ某牛丼屋さんが事業急拡大で資本に窮した時でもありました。

    愚にもならない話ですが、橋本さんのコメント読んで懐かしく思い出しましたので、失礼しました。

  3. 新田信行 より:

    私は、協同組織金融機関は、組合員の為にも、持続可能であることがまず大切だと思います。また、金融機関の経営者は、一般企業以上に、公共性を重視することが求められるように感じています。それも踏まえて、自分自身の去就と後継者への引き継ぎは、自らの責任で行わなければなりません。自分が長くいることが、組合の持続性のリスクになっていないか?自問自答しています。

  4. 寺岡雅顕 より:

     「富●山、地獄の特訓」だったでしょうか、50年以上前になると思いますが、某団体が主催する管理職研修に部下を参加させるかどうか悩んでいた父を思い出しました。

     どういう研修であったかを私が知る由もありませんが、「根性と大和魂を強要しているようで、結局、個を殺し、金太郎飴を生産することになり、多様な発想が失われる可能性がある」と言っていたのをよく覚えています。

     信仰のように盲目的に同質化を求めるという時代だったのでしょう。それが、何よりも効率化につながり、生産性の向上につながると信じられていたということかもしれません。

     受けた教育の影響の大きさを感じます。

     戦前の教育を受けた父たちの世代。戦争は知らないが戦前の教育を受けた教師が残っていた時代に学んだ私たちの世代。戦後の、平和で豊かな環境の元、新たな教育理念で育った世代。みなそれぞれに考え方や感じ方が違っていると感じてます。

     今の時代には、今にふさわしい組織運営がであることは確かなようです。また、受けた教育による世代間ギャップが、組織の変革を遅らせる原因の一つになっているようにも感じます。

     

     

     

  5. 旅芸人 より:

    寺岡さま、

    歩道橋の下で「カラスなぜなくの♪」と歌っている研修風景がテレビ放映されているのを思い出しました。

  6. 増田寿幸 より:

    古今東西を問わず強き軍隊は絶対的にレッド組織でなくてはならない。戦地でグリーンだのティールだの言っていては敗北あるのみです。ところが企業活動はスパンが長く環境変化も激しいので軍隊組織はどう考えても持続性や環境適応性の面で問題が生じるものです。ここのところが企業経営の微妙な難しさではないでしょうか。

  7. 東北の銀行員 より:

    単に強い企業ではなく、真に顧客から必要とされる企業が生き残る時代になったと感じます。

    それは地域金融機関に例えると、地域経済エコシステム(生態系)の中で市場・顧客から必要とされる役割を果たすこと、つまり顧客本位に徹することではないでしょうか。

    そしてその役割を果たせない金融機関は競合との戦いに敗れるのではなく、生態系の中で不要な存在として「自然淘汰」されていくのだと思います。

    アネックスでの有識者の方々との対話や議論は非常に勉強になります。

    どこぞの組織のように「異論は認めない」ではそもそも対話すらできません(笑)。