ニュータウンの寿命は?

  40数年ぶりに筑波に行きました。

  前回(といっても、はるか昔ですが)は、常磐線の土浦駅から関東鉄道のディーゼルカーに乗り、途中の筑波駅で下車し、そこからケーブルカーで筑波山に登りました。そのころ、ダークダックスの日本の歌の中で、筑波山のガマの油が取り上げられていました。

  土浦から筑波を経て、JR水戸線の岩瀬までの40キロの関東鉄道は20数年前に廃止になり、いまやその軌道跡はサイクリングロードになっているそうです。

  かつては半日がかりだった筑波紀行も、いまや「つくばエキスプレス」で、わずか45分。あっという間の時間でした。

  つくばエキスプレスの沿線の町々は青年期。久しぶりにそのような町が連続するのを見ました。多摩ニュータウンのような昭和40年代に造成された熟年期の町々とは対象的です。

  そもそも、ニュータウンの青年期はワン・ジェネレーション、せいぜい30-40年ではないかと思います。世代交代を乗り切ることは、相当、難易度が高いのではないかと感じています。

  とくに日本全体の人口が減少トレンドに入り、かつまた東京や首都圏集中がピークアウトを迎えた今、青年期としてのニュータウンの賞味期限はかなり限られたものとなるでしょう。

  つくばエキスプレスの沿線の町々がどのような姿に変わっていくのか、注視したいと思います。


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コメント

  1. おはんです より:

    40年ぶりってすごいですね。 そこに当時の先生を見かけたらもっとすごいですが。

  2. ARCadia より:

    当時の先生ですか。キショクのワルイことを仰いますなぁ。

    でも、40数年前の旅芸人さんを知っておりますが、驚くほど変わってないのですよ、これが。

    お世辞でなく。

    見てのとおり、体形も崩れていないし、頭髪もあるでしょ。

    もっとも、当時は老け顔だった、という説もあります・・・

  3. 芸のない旅芸人 より:

    ARCadiaさん、おばんですさん、

    昔から「ガキFACE」だと言われて、はや60年。

    なんですわ。。。。