開拓使と島義勇

  昨日、札幌の北海道庁旧本庁舎の赤レンガ建築のあたりを歩いてきました

晩秋の落ち葉の中、ぶらりぶらり息抜きです。

赤レンガの北側にちょっとしたスペースがあるのですが、ここが北海道開拓使の旧本庁舎の跡なのです。

現在の北海道庁のビルとともに赤レンガ、開拓使本庁跡(3本の旗が立っているところ)を画像に収めました。(逆光のため不鮮明で、ごめんなさい)

北海道新幹線の札幌延長が決定したことで盛り上がっているみたいですね。

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北海道開拓使の初期に実務責任者である判官を務めたのは島義勇(しまよしたけ)です。佐賀藩士でスケールの大きな人だったようです。

佐賀藩の出身者は明治になると外交や司法の分野で活躍する人が多いのですが、島義勇は内務省系のバリバリの行政マンでした。

ちなみに札幌の町の碁盤の目は島義勇のアイディアだったと言われてます。

ただ、予算不足で彼の時代には日の目を見ませんでした。上司である東久邇長官と意見が合わず、一年を経ずして解任。

そして、同郷の江藤新平(司法卿)が佐賀の乱をおこした時に合流し、あっけなく敗れ、江藤とともに斬首の刑に処されます。

司馬遼太郎さんの長編小説「歳月」(佐賀の乱がテーマ)によれば、明治天皇は島義勇の人柄を大変気に入っておられたとのこと。

いまも彼のことを慕う札幌の人たちは少なくないそうです。

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