Lazy Bank からの脱出に向けてのおせっかい

実を言いますと、私は商工中金とは35年余の付き合いがあります。

1980年代には現地で商工中金ロンドン事務所の立ち上げをわずかながら手伝いました。1990年代には利付金融債の利払負担 (今では考えられない高金利) の軽減のために海外支店での円金利スワップ (長短分離に抵触しないという理屈付け) の提案、2004-2008年には商工中金の政策評価委員としてリレバンモデルで中小企業のお役に立つべきという提言をしてきました。鹿児島銀行で社外役員の仕事をしていた時は業績不振に陥った地元の基幹企業の再生において商工中金が頼りになるパートナーでした。

その後、商工中金は危機対応業務をプロダクトアウト化し、拡大解釈し、それにのめり込むという Lazy Bank になってしまったのは非常に残念です。そのような方向に舵を切った経営陣にはえもいわれぬ腹立たしさを感じています。

現在、商工中金のあり方検討会議では、鬼っ子となった危機対応業務を危機時における流動性の供給 (当然ながら長期資金じゃありませんよね) に封じ込めて、平時の業務をどのような方向付けするかという展開になっています。目指すところは Lazy Bank からの脱却、リレバンをしっかりとやる銀行への回帰です。

Lazy Bank に成り下がったことで商工中金からは多くの人材が組織を去ってしまったのは痛恨の極みですが、私は商工中金にはかつてのリレバンバンクの遺伝子はまだまだ残っていると確信しています。

ビジネスモデルの再構築に際しては、思いが遂げられず転職した人たち (私も転職経験があるのでよく分かります) が戻ってくるような仕組みも取り入れるべきだと思います。

微力ではありますが、商工中金という組織と長年にわたって縁のあった人間として、おせっかいを続けていくつもりです。

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