金融庁が 8月28日に「金融行政方針」 (「利用者を中心とした新時代の金融サービス~金融行政のこれまでの実践と今後の方針~(令和元事務年度)」)とともに「金融仲介機能の発揮に向けたプログレスレポート」(以下、プログレスレポート) を公表しました。
このプログレスレポートは、「金融庁が金融育成庁として、地域金融機関の企業支援機能の向上と、これを通じた地域経済への貢献のために、直近1年間に取組んだことを整理公表したもの」(金融庁) であり、地域金融・中小企業金融に関わる人間としては見逃してはならないものです。
~ 金融システムの安定と金融仲介機能の発揮の両立のためには、このような好循環が実現することが重要である。両者の関係性は、その時々の経済・社会情勢等により変化し得るものと考えられるが、特に持続可能なビジネスモデルの構築が急がれる足許においては、その構築に向けて、地域金融機関が如何に金融仲介機能を発揮し、コスト・リターンのバランスの取れた経営をしていくかについて、当局として重点的に意識しなければならない。~ (プログレスレポート、3 ページ)
このパラグラフも含めプログレスレポートには「コスト・リターンのバランス」という記述が数多くありますが、この点に関しては丁寧な説明が必要だと思います。
結論を先に言えば、「コスト・リターンのバランス」ではなく、「コミットメントコスト・リターンのバランス」と書き換えるべきです。
旧聞に属しますが、
2003年にリレーションシップバンキングの機能強化についての議論を始めた時に、キーワードとなったのは地域金融機関が本来逃れることのできない「コミットメントコスト」です。
リレバンの原点となった「リレーションシップバンキングの機能強化に向けて」(2003年3月27日、金融審議会 第二部会) の9ページから10ページにかけては、コミットメントコストについて、詳しく記述されています。
~ 本来のリレーションシップバンキングにおいては、リレーションシップから得られる信用情報が有効活用され、貸し手金融機関と借り手企業の双方のコストが軽減されることにより貸し手、借り手双方の収益性が向上し健全性が確保されるものである。現に米国においては、リレーションシップバンキングをビジネスモデルとしているコミュニティーバンクの中には高い収益力を持つものも多く存在している。他方、わが国の中小・地域金融機関は、中小企業あるいは地域経済から期待される役割を果たすため、取引先や地域へのコミットメントを行っている。このため、中小・地域金融機関はそうしたコミットメントに伴い、以下で述べるようなコスト、いわゆるコミットメントコストを負担することにつながっていると考えられる。(中略)、
(1)金利水準からは正当化できない信用リスクの負担:
借り手である中小企業からの資金ニーズや、円滑な資金供給に対する地域社会からの期待は、例えば、貸出の実行にあたって信用リスクに応じた適正金利よりも低い金利での貸出を余儀なくされる、あるいは経営状況が悪化した企業に対し従来の金利水準のままで追加的な資金供給を引き続き実施することが求められる等の形で中小・地域金融機関が期待収益に比して過大な信用リスクを負担することにつながる。(以下略) ~
さらに、
上記の16年前の報告書では明記されていませんが、良質なヒューマンアセットを維持/活性化するための費用 (人件費や教育費など) もコミットメントコストの中に含むべきものです。
さて、
地域金融機関の場合、「コミットメントコスト」を単なる「コスト」とすることはさまざまな弊害を生み出すことになりません。
すなわち、「コスト・リターンのバランスを取れ」と言われると、地域金融機関はコストを削ることから始めるでしょう。
たしかにバックヤード (金融庁もシステムガバナンスに注目) や上場の有無といったことは真剣に考えるべきです。
ところが対顧客に関わるコストとなると簡単ではありません。地域金融機関の場合、対顧客コストの中に「コミットメントコスト」が大きく横たわっているからです。
対顧客コストはビジネスモデルによって異なります。
「トランザクションバンキング」、「なんちゃってリレバン」、「真のリレーションシップバンキング」の3つのビジネスモデルに分けて説明します。
まず「トランザクションバンキング」ですが、本領は効率化によるローコストオペレーションにあります。当然ながらこのモデルにはコミットメントコストの要素はありません。
トランザクションバンキングは、AIフィンテックを駆使した異業種やネット系にいずれ席巻されるでしょう。既存の金融機関もコスト削減で対抗しますが限界があり、嫌気がさした従業員の早期退職も加速するでしょう。
次に「なんちゃってリレバン」ですが、これは表面上、顧客本位のビジネスモデルを取り繕っているものの、その実態はコミットメントコストを極小化した金融機関の自己中心のビジネスモデルに過ぎません。評価シート作成が目的化した事業性評価による融資、多額のM&A手数料収入ありきの事業承継支援、地方公共団体との連携数を競うだけの地方創生、合実実抜要件を満たすだけでオペレーション改革は顧客任せの経営改善計画づくりと例を挙げれば次々と出てきます。
そして極端に採算の悪い地域での(仮にそれが本店所在地のある地元であっても!)経営資源配分を縮小したり (金融排除そのもの)、不採算店舗の維持費用だけでなく、信用コストまでも削減、つまり手間のかかる再生支援ではない、バルク処理・ファンドへの転売といったオフバランス化をためらいもなくやるようでは、地域金融機関の本分を忘れたと後ろ指を刺されても文句は言えないでしょう。
最悪の場合、人口減少を言い訳に地域での間接金融そのものを見限って、地域外の大手企業向け融資や有価証券運用に経営資源配分を傾斜していくことになりかねません。
労働集約型ビジネスモデルのリレーションシップバンキングを標榜しながら、人件費カットの上、上記のような顧客対応をしたら、行職員の早期退職を誘発し、ヒューマンアセットが崩壊することになるのは明らかです。
そして顧客からは相手にされなくなる。これが「なんちゃってリレバン」の末路なのです。
結局のところ、
第三の道「真のリレーションシップバンキング」しかありません。
事業性顧客の企業価値の向上、個人顧客の将来の生活設計の支援をすること (銀行法第一条の「国民経済の発展に資する」そのもの) によって、顧客満足(CS) を追求するビジネスモデルです。労働集約型であり、ヒューマンアセットの活性化が必須となりますが、時間軸を持ってすればコミットメントコストを吸収することは可能と考えます。
まとめです。
「コストとリターンのバランス」という表現には、レイジーバンクに逃げ道を与える危険なインプリケーションがあります。
「コミットメントコストとリターンのバランス」を示すことで、時間軸を持った組織的継続的なリレーションシップバンキングへの道しかないということを地域金融機関に対し求めるべきではないでしょうか。
(後半に続く)
金融庁が平成29事務年度で打ち出した「形式から実質へ」。この2年で預かり資産業務では浸透したものの、金融仲介業務では、いまだに「形式主義」が蔓延っています。後半では「コミットメントコスト」を切り口に金融仲介における「形式から実質へ」の道を探ります。
コメント
本来、長期的には未来への投資として捉えるべきものを、短期的に費用としてしか認識出来ていないように思えます。双方向の関係性強化を組織価値の中心に据えるのであれば、費用と投資と分配の見方が変わってきます。
リターンと地域へのコミットコメントコスト(CC)のバランスを重視といっても、CCとそれ以外の区別もしないまま、トップラインの改善に知恵を絞らないまま、地元を持たない銀行のように熾烈なコスト削減で短期的な採算ばかり確保しようとする地域金融機関が多いなか実効性は乏しいのではないでしょうか。
そしてリターンとコストのバランスとか当たり前に気にしながら、それが難しい地域金融において、合併再編のコスト上の効果であるシェアードサービス化によるコスト削減を求めていくかのようによめるんですが。
旅芸人さんがいつもおっしゃる通り、競争上の特例措置も要らない提携でも十分にコスト削減できるはずなんですけどね。
テクノロジーの進化によって、価値が著しく低下してきたトランザクションバンキング・サービスに収益の大半を依存してきた銀行において、もはや「トラバン職員の給与が高すぎる」ことは明らかです。(メディアもですが)
これを穴埋めしようと、預かり資産ビジネスの暴走や「売り切り」ローンなどの反則技まがいの行為を繰り返してきました。しかし、顧客本位とは真逆ですから、永続ではありません。
こうした時代の変化に気づかない金融機関には、単なるコストとコミットメントコストの切り分けも理解不能です。多胡さんのご指摘は至極ごもっともで、そのように書いて欲しいというのは私もやまやまです。
しかし、今の金融機関の認識レベルは、遥かに原始的(ある意味で、礼節と道徳、その上に成り立つ経済を重んじた江戸時代よりも退化している)と思います。
私が「計測できない世界」で言いたかったのは、ここにあります。人を育てる投資、会計年度をまたぐ価値、暴言と無礼が減退させる組織の生産性、営業の数字を上げた人よりも、その前提としてお客さんとの関係性を濃密にした前任者の見えない功績を評価できない組織の損失・・・コミットメントコストだけでなく、組織やチームの有り様を大きく左右しているのは、「目に見えない諸問題」なのです。これを科学的に「見える化」しようとしてる好例は京都信金ですが、片手で収まる金融機関しかありません。
海外の経営、組織研究の最先端の本は、ほとんど、この問題意識を、手を替え品を替え、切り口をかえて、探究しています。Emotional Intelligenceも心理的安全もサブスクリプションも成功をもたらす原因の科学的究明なども、まったく学んでいない日本は、大丈夫だろうかと思います。