多くの地域金融機関はマイナス金利などの厳しい経済環境の中で、「聖域なき経費の見直し」と称し、地元の事業者からの購買を打ち切って、価格競争力のある全国区の大手企業からの購買に切り替えています。
確かに経費構造にメスを入れてコストを効率化することは金融機関の経営にとって必要なことです。
ただ、地域金融機関の場合、粗利益経費率(OHR=オーバー ヘッド レイシオ)の数値の引き下げにはそれなりの配慮が必要となります。安易に人件費や物件費をカットしてOHRを改善させるという単純なストーリーを描くことはできません。
地域金融機関の人件費は、視点を変えてみると、その一部が地域事業者の収入に振り替わっていることが分かります。地域金融機関の従業員たちは地元に生活基盤を持ち、彼らは衣食住のさまざまな局面で地域事業者におカネを支払っているからです。
地域金融機関は地域ではそれなりの雇用規模を有しています。地域外資本や全国チェーンの事業者(典型的なのが大手スーパー)からの購入の場合は考慮する必要はありませんが、従業員の給与カットにより彼らの地元事業者(たとえば地元商店)からの購入が減少するようだと、当該事業者の売上に悪影響がでてくることは否めません。実際、給与カットで家計が節約モードになると、割高感のある地元商店の利用は減少する傾向があります。
地域金融機関の物件費もまったく同様です。金融機関の購買は、地元事業者にとって重要なビジネスとなります。たとえば金融機関の店舗の新築は、地元の工務店や事務器や家具を取扱う事業者には大きな商売の機会であり、是が非でも成約したいものです。売上が増えることと同時に、地元金融機関に納品していることでの、会社としての信用力アップにもつながることもあるでしょう。
このように考えると人件費も物件費も、上記のような「地域支援経費」とそれ以外の経費(コンピューターシステムなど)とに分類できます。人件費の場合には厳密な計測は容易ではありませんが、前提条件をつけた標準モデルを作れば良いと思います。(標準モデルの考え方に継続性があれば問題ありません)
「地域支援経費」という概念が金融機関の中で浸透すれば、従業員やその家族の意識づけにもつながるでしょう。県外資本や全国展開のチェーン店ではなく、できるものならば、地元の取引先から商品を購入したり、サービス業であれば利用しようではないか、という考え方が根づいてくるはずです。
筆者が長年懇意にしている某信用金庫(コストカットという話を聞いたことがない)の理事長さんは、役職員の奥さんたちとの会合で、「給与は皆さんの地元商店での消費を加味したものです」と話しているそうです。
聖域なき経費削減のアドバルーンを上げる前に、地域支援経費についての議論をすることが先なのではないでしょうか。
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さて、
上記は3年ほど前に発表した拙稿の一部です。
コロナ禍で「地域支援経費」の考え方にフォーカスがあたっています。
4月3日のブログで取り上げた塩沢信用組合(新潟県)の「とりよせランチ」はその典型事例です。
また、4月22日、日経朝刊の新田さん(第一勧業信用組合理事長)のインタビュー記事にも、下記の記載があります。
「こんな環境でも、どうやって売り上げをつくるかが大事だ。人が動かないなら物を動かせばいい。夜に営業できないなら昼にテークアウトを始めたり、食事券をつくって再開後に使ってもらったりする工夫を促している。売り上げが多少でも残るのとゼロとでは違う。こうした努力はコロナ終息後にも効いてくる」
コロナ禍により、改めて地域コミュニティ、それを支えるリレバン型金融の重要性が明らかになりました。
地域支援経費は単なる経費ではなく、リレバン型金融の根幹であるリレーションシップを維持し強化するための投資ととらえるべきもの(そういう管理会計はできないものか)との思いがますます高まっています。
コメント
全く同感です。リレーションシップキャピタルを積み上げるための投資を、不要な経費として切り捨ててしまっては、持続可能性など望めません。
例えば支店の事務用品購入や設備修繕をケチな本部任せにせず支店長の権限で取引先に発注することだって立派な地域貢献です。
自己資本の毀損にビビって信用リスクを取れない銀行もこの程度のことなら出来るんじゃないですか?
この場合当然ですが値切って取引先を困らせるようでは本末転倒です(笑)。
「計測できない世界」の問題です。財務会計は税金、企業決算・配当支払いの公正さにおける「モノサシ」としては分かります。他方、サイロエフェクト・心理的安全など経営の問題も随分と変化しているのに、管理会計ほどポンコツなものはないように思います。せいぜい、原価管理程度でしょうか。
多胡さんがご指摘の「地域支援経費」も「ものが言えない空気」、「忖度せねばならない社内政治」、「若手が未来に絶望し、後輩に『あの会社は先がないので就職はやめたほうがいいよ』と語りかける良心的なアドバイス」、「地域の未来を信じて移り住む若者たち」なども、すべて計測されていません。計測できないのは仕方が無い、として「計測できないものは存在しない」という薄っぺらい解釈が組織を崩壊させています。連結経済という概念が、実態とかけ離れているのです。
諏訪信金長地支店の奥山支店長が実によい投稿をフェイスブックでされていました。取引先のご子息子女が、就職先として自分の金庫を志望していることを知り、嬉しかったとのお話でした。実によい例だと思います。
諏訪信用金庫の奥山支店長の話、感動的でした。
ニュースエブリで報道された ‟炎の餃子「焼吉」” を見て同金庫を志望した学生のお話をお聴きしたことがあります(笑)。
焼吉の仕掛け人も奥山さんでした。最近マスコミに取り上げられることの多い餃子屋ですので、ご存じの方も多いと思います。