9月2日のブログ、「己が何者かわかっているのか」にも書きましたが、今事務年度の金融行政では、協同組織金融機関に焦点が当たります。
コロナ禍で小規模零細事業者の廃業が加速しそうな兆候が見られる中、地域経済・地域社会の土台となる生業(なりわい)を支える信用金庫・信用組合は金融機関である前に、協同組織の原点に戻り、「己が何者であるか」を問い直す必要があります。
この週末に、橋本卓典さんの著書「金融排除」(幻冬舎新書、2018/1)を再読しました。
協同組織金融を考えるにあたっての教科書ともいえるものです。
コメント
恐縮です。信金信組は、金融機関である前に協同組織、協同組合です。これが分からない信金信組、行政官は、これからの地域を考える上で、マズイと思います。なぜ日本に銀行だけでなく、信金信組がつくられたのか。これも知らないと輪をかけて、マズイと思います金融システムの安定を放棄できない金融庁が信金信組の主務官庁で良いのかどうかも、私には疑問です。地域の人がつくった金融機能がたまたま付いている組織、組合です。「ザ金融機関」ではありません。
ある地銀から転籍してきたある信組のトップは、電話口などで自組織のことを「当社」とか「我が社」と呼ぶそうです。また、組合員への配当を切らさないことこそが肝要と職員に説いているとも聞いています。
呆れ果てるばかりです。
第一勧信の新田会長の爪の垢を煎じて飲ませて差し上げたい。
今アメリカでは新しい協同組合が生まれ、組合員も増加傾向にあるらしい。
一方日本では新しい協同組合は生まれることもなく、組合員も減少傾向の一途です。
このコロナ禍でますます人の関係性は薄れてゆきそうで日本の世の中は人にとってさみしいものになるのではないか。
信組はちょっと利益・ボリューム指向を忘れて、「この街この職場この産業」といった国民目線でない現場目線で新しい仕組みづくりの活動を模索するべきではないか。特に地域信用組合は生活協同組合と連携に真剣に取り組むべき。それぞれの組合員の融合は、お互いの組合の新たな発展につながると私は思っています。
今後協同組合同士の連携活動が新たな地域社会を作ると大きな力になると思います。