白石正一郎、
高杉晋作をはじめ長州藩の志士の活動を財政面からバックアップした人物です。
毛利家の支藩である清末藩の御用商人でありながら、国学を学び、自身も尊王攘夷の志士でした。
交友範囲は長州にとどまることなく、西郷隆盛、月照上人(錦江湾で入水死)、平野国臣(筑前)、真木和泉(久留米)、さらには坂本龍馬も下関の白石邸に出入りしていました。奇兵隊の結成もここで、そしてその本陣も当初は白石邸に置かれました。
明治維新を迎えたとき白石家の金庫は底をつき、正一郎は維新後に下関の赤間宮の宮司になりました。
安徳天皇を祀る赤間宮には壇ノ浦に散った平家の公達などの供養塔があり、耳なし芳一の物語の舞台もこの地です。
さて、
地域金融変革運動体の活動は手弁当なのですが、とはいえロジスティックスのところを支えてくれる方々がいなければ成り立ちません。
ここを担っていただいているのが、株式会社ジンテックの社員の皆さんです。運動体の志士たちを支えてもらっています。
毎年、運動体のメンバーの多くが登壇し参加するジンテックセミナー(あっという間に満員となることから「お化けセミナー」といわれています)の他、全国の金融関係者が視聴した遠藤前金融庁長官とラグビー協会の中竹さんの対談もジンテックの企画です。
運動体のメンバーは千代田区二番町(ジンテック本社所在地)に足を向けて寝られません。
ジンテック社長の柳秀樹さんが、白石正一郎とオーバラップするのはワタシだけではないでしょう。
今年もジンテックの皆さんに大変お世話になりました。来年も引き続きよろしくご支援のほどをお願いいたします。