附家老たち

30年ぐらい前でしょうか。

債券利回りや金利スワップレートの変動に翻弄される毎日でしたが、テンパってくると、ブラリひとり旅を決め込んでいました。

あるとき、むしょうに紀州の新宮という町に行きたくなり、名古屋から特急南紀に飛び乗りました。

それまで松阪や鳥羽には何度か訪れていましたが、多気(参宮線の分岐点)以遠には足を踏み入れたことはありませんでした。

紀伊長島、尾鷲、熊野市と年間雨量の多いエリアなのですが、この日も特急南紀は小雨の中を走り、夕刻に新宮に到着、当たりをつけていたお寿司屋さんに直行しました。

寿司ネタはまったく覚えていないのですが、新宮出身の久島海関の名前が書かれた湯呑み茶碗は記憶に残っています。

翌日は熊野川の河口、新宮城を散策しました。

今年の大河ドラマにも登場した変幻自在の新宮十郎行家以来ともいわれる要害の地は、当時ほとんど手が加えられていませんでしたが、ホームページを見るといまや整備されており、多くの城ファンを集めているようです。

新宮城と田辺城は、徳川頼宣(紀州藩始祖)が駿府から和歌山に入城した際に、附家老となった2人の家康側近の重鎮たちの居城となりました。

新宮城主(3.5万石)は水野重仲、家康の従弟で、遠州浜松からの転封です。本家筋は備後福山の水野勝成。

一方、田辺城主(3.8万石)は遠州掛川から入ってきた安藤直次です。直次は姉川の戦いから大坂夏の陣まで、常に戦場で手柄を上げ続けてきた人です。とくに長久手の戦いでは池田勝入斎、鬼武蔵・森長可を討ち取るという大金星を上げています。

2人とも大名の石高であるにもかかわらず、御三家付けということで、陪臣というポジションを甘んじて受けました。

来年の大河ドラマでの注目点は徳川家家臣団。

酒井、本多、榊原、井伊の四天王は有名ですが、それ以外も多士済々です。

最後に、特急南紀の車内で購入した、乗車記念オレンジカードがありましたので、アップしておきます。