乗り鉄紀行、急行ニセコ

いよいよ暑い季節になりました。

50年前の夏、初めてハカセと北海道を訪れました。

早朝、青函連絡船で函館に到着したのですが、蒸し暑く、「東京と変わらないじゃないか」というのが最初の印象です。

半月の間、道内を動きまわり、釧路や稚内の肌寒さでやっと北海道を実感したのでした。

釧路では、当時、東京にはなかった(と思う)炉端焼き店に連れて行ってもらい食べた時鮭(トキシラズ)の美味かったこと。

これぞ、正真正銘の忘れられない味です。

流通と冷蔵のレベルが格段と上がった今、東京で鮮度の高い北海道の魚貝類がリーズナブルな価格で食べられるようになりましたが、居酒屋の人気者ホッケも足が速いせいか、当時は東京ではレアモノでした。

乗り鉄、撮り鉄を堪能したのは、大型SL(C62)が牽引する急行列車ニセコ。

SLといえば、ポッポッー とのどかな音のイメージがあったのですが、ニセコを牽引するC62の通過音はゴーッ、黒い塊の突進でした。

ハカセの写真は急行ニセコです。

上りニセコ1号、上目名〜目名、1970/7/27
下り ニセコ3号、倶知安駅、1970/7/26

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コメント

  1. ARC より:

    急行ニセコは結構利用しましたが、C62のニセコには乗った覚えがなくて…
    実に勿体ないことをしました。S50年代は盛んに北海道に通っていたのに。

    その頃は専らケチケチ旅行で(今もだけど)、あまり高級品にはありつけませんでしたが、ホッケなんか美味さにビックリ。
    サイズからして内地とは段違いでしたなあ。

    でも夜は居酒屋よりも寿司屋でした。居酒屋に一人はどうも馴染めないので。
    寿司といってもさほど高くはなく、しかし全体に高レベルで、海辺には地のネタもあるし、何故か内陸の美瑛なんかでも今も記憶に残るくらいの美味。
    幌延か音威子府か、駅前食堂が寿司もラーメンもやっているのにはタマゲました。(今日の廻る寿司屋ならあたり前だけど)