郡山といえば

銀行時代の同僚である井手さんのFBに大変興味深い記述がありました。勝手ながら引用させてもらいます。

~安積(アサカ)開拓史、知らなかった久留米との繋がりの明治史!西に猪苗代湖を擁しながら、安積平野は永年にわたり慢性的な水資源不足状態(そう!湖水は会津へ流れ出る)にあり藩政時代も奥州街道沿いの宿場はあったが、幕末の時点で人口4千人台とさしたる発展もなかった郡山。当地に明治政府が目をつけ「士族授産」の一環として、猪苗代湖の利水を企図する安積疏水と併せ、各地の士族を移住させる開拓が始まった。中でも九州は久留米藩からの移住者団が141戸585人と最も多く今でも郡山市内に久留米の地名があり、かれらの心の拠り所であった水天宮も分霊されて当地に残る。しかしその後の過酷な運命の中をこの筑後人たちの末裔がどう生き抜いたのかは寡聞にしてしらない。ちなみに現在両市は姉妹都市である。

郡山と久留米、このような関係の深さはまったく知りませんでした。郡山にも久留米にも数え切れないほど訪れているのに。

郡山に初めて足を踏み入れたのは半世紀以上前のゴールデンウイーク。平(現いわき)から磐越東線経由で入ったのですが、あいにくの雨。

やたら寒かったことと、ハカセのオススメで購入した薄皮饅頭の味ぐらいしか覚えていません。

いまから半世紀前、1968年の天皇誕生日ですが、大雨の中、D60というSLを追っかけていました。ハカセとともに、4月28日の上野発青森行の夜...

病気で倒れる前は会津若松に通い詰めておりましたが、その時は郡山から磐越西線か高速バス。でも街中を散策したことはありません。

ところで、

郡山で今年話題になったのは当地に本店を構える銀行のこと。

ブログでも取り上げました。

SBIが大東銀行(本店:福島県郡山市)の筆頭株主(17%台)になるという報道の中で以下の文言がありました。 ~大東銀の鈴木孝雄社長は...

~インターネット金融大手SBIホールディングスの北尾吉孝社長は9日、時事通信のインタビューに応じた。5月下旬に筆頭株主となった大東銀行(福島県郡山市)について「このままあいさつに来なければ、来年の株主総会で全役員の選任案に反対し、代案を示す」と語り、経営陣の刷新による再生を視野に入れていることを明らかにした。(時事ドットコムニュース、2020/7/11)

その後の展開は知りませんが、筆頭株主とまったくコンタクトを取らないとは、ワタシの想像を超越した思考回路をお持ちの経営陣です、、、イヤハヤ

最後に

ワタシの駅弁コレクションより、郡山駅の特製幕内弁当の掛け紙です。時期は定かではありませんが、400円という価格からみて昭和50年前後のものと推察されます。

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