八代アソシエイツ、八代恭一郎さんの最新のコラムです。
~緊急事態宣言で時短営業を強いられた飲食店は地域金融機関の取引先ではない事業者が多いのに、廃業や事業承継を通常の融資のある取引先のように懸念するような風潮に違和感があります。小規模家族経営の地方飲食店の多くは、地域金融機関をあまりあてにしない純預金先だらけなのですが。(同社ホームページより)〜
「中小小規模事業者の数はどんどん減っていると思われているが、実は無借金の中小小規模事業者となると増加している。しかるに金融機関は加速度的に減少している有借金会社にしか向かい合っていない。」
先月、このことを始点にした示唆に富むお話を“山背の達人”からうかがった(おいしい京菓子とともに)直後に、この八代論考を見て、お二人から盲点を鋭く突かれたと思いました。
それにしても八代論考の最後に出てくる地域金融機関のぶざまな行状には情けなくなります。
地域支援経費という視点は全くなく、純預金先にも優越的地位が行使できると思っているのは滑稽以外の何者でもありません。
コメント
無借金経営の会社は、①「無借金こそ誇り」という恵まれた事業者、②金融機関の対応力・営業意欲を超えた領域の事業者(貸したとしても残高も小規模な零細事業者、担保・保証融資がしにくい業種、或いはこれらのミックス)という少なくとも2パターンがあるように思います。拙著「金融排除」では、「②だけでなく、『無借金こそ誇り』という①も結果的に金融排除している」と書きました。
執筆当時は平時でしたので、「むしろ金融機関が、どうして様々なビジネスチャンスがある『無借金こそ誇り』という会社に時間を割かないのかが不思議」という問題意識で書きました。現下は、コロナ禍ですので、飲食、観光などのように局面が明らかに変わった業種もあります。
冴え渡る八代論考に「これから『要求払い預金』をどう使うのかが焦点」という趣旨の鋭い指摘がありました。まさにおっしゃる通りだと思いました。問われるのは事業者であれ、金融機関であれ「行動変容」です。
最近、私が取材した苦しい業態の中小企業さんは、「手元の資金は確保できたので、必ず返済額以上に稼ぎます。そのアイデアや作戦もある」と、銀行支店長も偶然居合わせた取材の場で言い切りました。
「無借金こそ誇り会社」の中にも今まで通りで大丈夫なところもあれば、信頼できる金融機関を見つけておくことを学ぶところもあるでしょう。逆に言えば、金融機関はチャンス到来で、これまでの「担保保証で保全しながら、貸しやすいところに貸す、イージーな『預貸規模追求モデル』」から、一気に課題解決型モデルに行動変容できる絶好の機会でもあります。何せ、あらゆる舞台、お膳立てが整っているのですから。
さて、②の典型的な金融排除先ですが、ここもコロナ禍で厳しいとはいえ、地域二番手、協同組織金融にとっては事業者と一気に関係を詰め、構築するチャンスです。というか、それが本来の立ち位置のはず。小口&分散融資は手間暇掛かりますが、見方によっては、大手地銀にとっては参入障壁となります。細々したところに人員も時間も割けないからです。結果、利ざやをそれなりに確保できている事例も実際あります。
みなさまご存知の進化論のように、「環境」は時に「強者」の恐竜に厳しく、「弱者」のほ乳類に優しく変化します。コロナ禍だけではありません。DX、EV、Z世代。問われているのは適応。「行動変容」できるかどうか、ですね。
橋本さんのコメントを拝読しました。
無借金こそ誇りの会社に時間を割くべき、というのはコンサルティングサービスでさらなる成長を、という意味かと思いますが、私は少なくとも今私が見ている範囲では、所謂一定規模の銀行がそういう領域に足を踏み入れても、却って取引先に迷惑になるのではないかと危惧するのですが。
どこも似たようなものと思うのですが、一般に銀行の営業はコンサルティングの能力など持ってはいません。専門のコンサルタントでさえ、今や単なる情報産業と化しているという話もあります。
そんな中で、ドロドロした銀行の社内政治に健全な無借金会社を巻き込んでいいのでしょうか?
むしろ信金信組や地域に密着した小規模金融機関によって、そういう企業をサポートした方がいいように思えます。やる気がなく社内政治の椅子取りゲームに勤しんでいるようなレイジーバンクは、そのまま市場から退場して頂くしかないのでは?