写真を整理していたら出てきました。
五島の坂本龍馬像。
~坂本龍馬が長崎のグラバーから購入した練習船ワイル・ウエフ号は、潮合崎で大暴風雨にあって遭難しました。知らせを聞いた龍馬は「寺田屋事件」で受けた傷を鹿児島にて療養中でしたが、この地に駆けつけ村役に慰霊碑建立を依頼したといわれています。龍馬が弟のように可愛がっていた池 内蔵太をはじめ、12名の同志が若くして海へ散りました。この地に建つ龍馬は仲間への鎮魂の想いを込めて、遭難した場所を見つめながら合掌しています。(新上五島町のホームページより)
十八銀行の皆さんのアレンジで現地の事業者の方々からいろいろと興味深いお話をうかがったことを思い出します。
コロナ禍でご苦労されておられるのでは、、、、
心配です。
コメント
龍馬絡みではいろは丸の記念館というのが鞆の浦にあって、そこを見学したことがあります。
いろは丸(龍馬も乗船)は笠岡沖を航行中、紀州藩の船と衝突大破、曳航中に沈没したのですが、近年、潜水調査して遺物を引き揚げ、その展示のため記念館ができたそう。
龍馬は紀州藩の責任を追求し、かつ、いろは丸は高価な品を積んでたと強力にネジ込み、紀州藩からかなりの賠償を引き出したとのこと。しかし、調査では大した物はでなかった、等々、記念館の説明にありました。
どうも龍馬はハッタリが得意な人間だった?
それに、いろは丸事件は、近年の研究ではむしろいろは丸側に非があるとのこと。