先日、某所での会話。
「ノルマをやめようと思っている。ノルマが早期退職を加速し、新卒採用の障害になっている。」
「でも小手先のノルマ廃止じゃダメですよ。」
「業績評価もプロセス重視に切り替えたし。」
「完璧な業績評価はなく、穴があります。」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ」
「ノルマではなく、お客さまとの強い信頼関係を築き、お客さまとの共通価値の創造(CSV)という思想が腹に落ちている現場の司令官を配置することですよ。とくにコロナ禍ではお客さまの経営改善や事業変革の支援ができる支店長を何人そろえられるかですね。」
コメント
多胡先生のホームページ毎日愉しく勉強させて頂いております。「信組勉強中」改め東京都信用組合協会の大城(オオシロ)と申します。毎日本当にありがとうございます。
私も地域振興に興味があり、何か今自分にできることをやってみようと、全国1718市町村の最新ローカルニュースが個別に見れるホームページを作りました。
◆ローカルニュースアンテナAI
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「島根県」をクリックして頂くと、先生の故郷の「安来市」のページもありますので、ご覧いただけると幸いでございます。
信組勉強中より
ノルマ(強制労働)は論外ですが、なぜ退職や採用に響くのかを考えるに、より本質に迫る必要があります。ノルマを廃止しても人が辞めていくケースがあります。なぜか。それは成長機会や自己実現という「人の時間」を大切にしていないからです。人と向き合っていないからです。東大卒が霞ヶ関への就職を忌避しているのも同じですよね。「自分の人生の時間を捧げる価値がない」と思われているから、ではないでしょうか。私個人は個々には尊敬する方はいますが、全体として「時間を大切にしていない」と見られているのでは?うわべだけのノルマ廃止も、「やっぱりノルマ必要だよね論」も「検査マニュアルノスタルジー症候群」も同じ構造に感じます。それは人として時間を捧げる価値を感じさせるものなのか、地域金融機関として地域社会で存在価値を輝かせるものなのか、を全然考えてませんよね。個人でみれば、数字を出すことを自己実現と考える人もいるでしょう。他方、中間管理職は数字を管理することではなく、数字(計測できる世界)の向こう側にある利益の質(計測できない世界)に持続可能性があるんだよ、という導き(内発的気づき)が欲しいところです。そのために1on1ってあるんですよね。
社会主義国家でない日本でノルマという言葉は管理職にとって便利な言葉でした。
何かを達成すための方法や策を部下に示すこともなく、「ハイ、これノルマだから、いつまでに達成してね、上からの命令だからしかたないよね」。これで全て済ませられる。部下もこれまでみんなやってきたことだから仕方がない。「やるっきゃない」。経営者もこのノルマすステムをよく理解している。経済が拡大傾向にあった時代はこれで済んだ。しかしバブル崩壊以降はお客さんも昔のように「仕方ないわね。何かあったときはお返ししてね」というようにはいかない。お客さんに喜ばれる商品でもないことから、担当者はいろいろとお客さんへの押し売り策を考えるが策はなく、最後は自分を信頼してくれているお客に頼み込むということで会社の期待に応える。つらい仕事です。
まだまだノルマな仕事は沢山ある筈。事業の本来目的を踏まえた仕事をする組織体にならなければ、人材も集まらず事業体崩壊のベクトルに。